ぬまち
沼地

冒頭文

ある雨の降る日の午後であった。私(わたくし)はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見——と云うと大袈裟(おおげさ)だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片隅に、それも恐しく貧弱な縁(ふち)へはいって、忘れられたように懸かっていたのである。画は確か、「沼地」とか云うので、画家は知名の人でも何でもなかった。また画そのものも、ただ濁った水と、湿った土と、

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮」1919(大正8)年5月

底本

  • 芥川龍之介全集3
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1986(昭和61)年12月1日