おやこ
親子

冒頭文

彼は、秋になり切った空の様子をガラス窓越しに眺めていた。 みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓(りんかく)を描いて白く光るあの夏の雲の姿はもう見られなかった。薄濁った形のくずれたのが、狂うようにささくれだって、澄み切った青空のここかしこに屯(たむろ)していた。年の老いつつあるのが明らかに思い知られた。彼はさきほどから長い間ぼんやりとそのさまを眺めていたのだ。 「もう着くぞ」

文字遣い

新字新仮名

初出

「泉」1923(大正12)年5月

底本

  • カインの末裔
  • 角川文庫、角川書店
  • 1969(昭和44)年10月30日改版初版