おおかわのみず
大川の水

冒頭文

自分は、大川端(おおかわばた)に近い町に生まれた。家を出て椎(しい)の若葉におおわれた、黒塀(くろべい)の多い横網の小路(こうじ)をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭(ひゃっぽんぐい)の河岸(かし)へ出るのである。幼い時から、中学を卒業するまで、自分はほとんど毎日のように、あの川を見た。水と船と橋と砂洲(すなず)と、水の上に生まれて水の上に暮しているあわただしい人々の生活とを見た。

文字遣い

新字新仮名

初出

「心の花」1914(大正3)年4月

底本

  • 羅生門・鼻・芋粥
  • 角川文庫、角川書店
  • 1950(昭和25)年10月20日