こんとんみぶん
渾沌未分

冒頭文

小初は、跳(は)ね込(こ)み台の櫓(やぐら)の上板に立ち上った。腕(うで)を額に翳(かざ)して、空の雲気を見廻(みまわ)した。軽く矩形(くけい)に擡(もた)げた右の上側はココア色に日焦(ひや)けしている。腕の裏側から脇(わき)の下へかけては、さかなの背と腹との関係のように、急に白く柔(やわらか)くなって、何代も都会の土に住み一性分の水を呑(の)んで系図を保った人間だけが持つ冴(さ)えて緻密(ちみつ

文字遣い

新字新仮名

初出

「文芸」1936(昭和11)年9月

底本

  • ちくま日本文学全集 岡本かの子
  • 筑摩書房
  • 1992(平成4)年2月20日