おしゃく
雛妓

冒頭文

なに事も夢のようである。わたくしはスピードののろい田舎の自動車で街道筋を送られ、眼にまぼろしの都大路に入った。わが家の玄関へ帰ったのは春のたそがれ近くである。花に匂(にお)いもない黄楊(つげ)の枝が触れている呼鈴を力なく押す。 老婢(ろうひ)が出て来て桟の多い硝子戸(ガラスど)を開けた。わたくしはそれとすれ違いさま、いつもならば踏石の上にのって、催促がましく吾妻下駄(あずまげた)をかんか

文字遣い

新字新仮名

初出

「日本評論」1939(昭和14)年5月号

底本

  • 昭和文学全集 第5巻
  • 小学館
  • 1986(昭和61)年12月1日