ちよこ(さん) |
千世子(三) |
冒頭文
(一) 千世子は大変疲れて居た。 水の様な色に暮れて行く春の黄昏の柔い空気の中にしっとりとひたって薄黄な蛾がハタハタと躰の囲りを円く舞うのや小さい樫の森に住む夫婦の「虫」が空をかすめて飛ぶのを見る事はいかにも快い身内の疲れを忘れさせて呉れる事だった。 あきる時を知らない様に千世子は自分の手足とチラッと見える鼻柱が大変白く見えるのを嬉しい様に思いながらテニスコートの黒土の上
文字遣い
新字新仮名
初出
「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日
底本
- 宮本百合子全集 第二十八巻(習作一)
- 新日本出版社
- 1981(昭和56)年11月25日