しゅちゅう
酒虫

冒頭文

一 近年にない暑さである。どこを見ても、泥で固めた家々の屋根瓦が、鉛のやうに鈍く日の光を反射して、その下に懸けてある燕(つばめ)の巣さへ、この塩梅(あんばい)では中にゐる雛や卵を、そのまゝ蒸殺(むしころ)してしまふかと思はれる。まして、畑と云ふ畑は、麻でも黍でも、皆、土いきれにぐつたりと頭をさげて、何一つ、青いなりに、萎(しほ)れてゐないものはない。その畑の上に見える空も、この頃の温気(うん

文字遣い

新字旧仮名

初出

1916(大正5)年6月「新思潮」

底本

  • 芥川龍之介全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1995(平成7)年11月8日