たねこのゆううつ |
たね子の憂鬱 |
冒頭文
たね子は夫(おっと)の先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式(ひろうしき)の通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。 「あたしも出なければ悪いでしょうか?」 「それは悪いさ。」 夫はタイを結びながら、鏡の中のたね子に返事をした。もっともそれは箪笥(たんす)の上に立てた鏡に映っていた関係上、たね子よりもむしろたね子の眉(まゆ)に返事をした——のに近いものだっ
文字遣い
新字新仮名
初出
「新潮」1927(昭和2)年5月
底本
- 芥川龍之介全集6
- ちくま文庫、筑摩書房
- 1987(昭和62)年3月24日