はか |
墓 |
冒頭文
一 幾枝はすっかり体を二重に曲げ、右の肱を膝にかって、良人の鼻の上に酸素吸入のカップを当てがっていた。病床の裾近いところに、行燈形のスタンドがともっている。その光りで、羽根布団の茶と緑の大模様がぼんやり浮き立って見えた。酸素瓶のバルブを動かしていた看護婦が、ささやきで夫人に注意した。 「もう、酸素があと一本しかございませんから……」 母の陰に坐っていた尚子がそっと席を立った。
文字遣い
新字新仮名
初出
「サンデー毎日」1926(大正15)年7月1日号
底本
- 宮本百合子全集 第二巻
- 新日本出版社
- 1979(昭和54)年6月20日