はえ

冒頭文

梅雨にはひろいものの晴れ上った天気である。俄にかっと照りつけられ数日の霖雨がしみこんだ地面から眩ゆく陽炎(かげろう)がもえている。源一は、茶の間に腹這いになって新聞をよんでいた。台所の方からは、この好晴を喜んだ母親が、勢よく洗濯物を濯いでいる水の音がする。源一がちょうど読みかけている「今夏の周遊は朝鮮と浦塩」という記事の真中へ、蠅が一匹翔(と)んで来てとまった。小さい、翅の艶もまだ充分出ていないこ

文字遣い

新字新仮名

初出

「若草」1926(大正15)年10月号

底本

  • 宮本百合子全集 第二巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年6月20日