冒頭文

一 藍子のところへ尾世川が来て月謝の前借りをして行った。尾世川は藍子のドイツ語の教師であった。箇人教授をしているのだが、藍子の他に彼に弟子は無く、またあったとしても無くなるのが当然な程、彼はずぼらな男であった。火曜と木曜の稽古の日藍子が彼の二階へ訪ねて行ってもいない時がよくあった。昨日からお帰りにならないんですよ。階下の神さんが藍子に告げる事もある。大抵そういう事の奥に女が関係しているのであ

文字遣い

新字新仮名

初出

「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号

底本

  • 宮本百合子全集 第三巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年3月20日