けのゆびわ |
毛の指環 |
冒頭文
その家は夏だけ開(あ)いた。 冬から春へかけて永い間、そこは北の田舎で特別その数ヵ月は歩調遅く過ぎるのだが、家は裏も表も雨戸を閉めきりだ。屋根に突出した煙の出ぬ細い黒い煙突を打って初冬の霰(あられ)が降る。積った正月の雪が、竹藪の竹を重く辷って崩れ落ちる。その音を聴く者も閉めた家の中にはいない。煤で光る棰(たるき)の下に大きな炉(いろり)が一つ切ってあって、その炉の灰ばかりが、閉め切った
文字遣い
新字新仮名
初出
「若草」1927(昭和2)年12月号
底本
- 宮本百合子全集 第三巻
- 新日本出版社
- 1979(昭和54)年3月20日