いっぽんのはな |
一本の花 |
冒頭文
一 表玄関の受附に、人影がなかった。 朝子は、下駄箱へ自分の下駄を入れ、廊下を真直に歩き出した。その廊下はただ一条で、つき当りに外の景色が見えた。青草の茂ったこちら側の堤(どて)にある二本の太い桜の間に、水を隔てて古い石垣とその上に生えた松の樹とが歩き進むにつれ朝子の前にくっきりとして来る。草や石垣の上に九月末近い日光が照っているのが非常に秋らしい感じであった。そこから廊下を吹きぬ
文字遣い
新字新仮名
初出
「改造」1927(昭和2)年12月号
底本
- 宮本百合子全集 第四巻
- 新日本出版社
- 1979(昭和54)年9月20日