むこ

冒頭文

「——ただいま」 「おや、おかえんなさいまし」 詮吉が書類鞄をかかえたまま真直二階へあがろうとすると、唐紙のむこうから小母さんがそれを引止めるように声をかけた。 「——ハンカチをかわかしておきましたよ」 「ああそうですか……ありがとう」 詮吉は、母娘二人暮しのこの二階に、或る小さい貿易会社の外勤というふれこみで、もう三ヵ月ばかり下宿しているのであった。 詮吉は唐紙を

文字遣い

新字新仮名

初出

「読売新聞」1934(昭和9)年1月7日、9日、11日号

底本

  • 宮本百合子全集 第四巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年9月20日