ざっとう
雑沓

冒頭文

一 玄関の大きい硝子戸は自働ベルの音を高く植込みのあたりに響かせながらあいた。けれども、人の出て来る気配がしない。 宏子は、古風な沓脱(くつぬぎ)石の上に立って、茶っぽい靴の踵のところを右と左とすり合わすようにして揃えてぬぎ、外套にベレーもかぶったまま、ドンドンかまわず薄暗い奥の方へ行った。 電話のある板の間と、座敷の畳廊下とを区切るドアをあけたら、 「じゃあ、それ

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1937(昭和12)年1月号

底本

  • 宮本百合子全集 第五巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年12月20日