かがみのなかのつき |
鏡の中の月 |
冒頭文
二十畳あまりの教室に、並べられた裁縫板に向って女生徒たちが一心に針を運んでいた。 あけ放された窓々から真夏の蝉の声が精力的に溺らすように流れ入った。校庭をとりまく大きい樫の樹の梢は二三日前植木屋の手ですかされたばかりなので、俄かにカランと八月空が広く現れ、一層明るくまた物珍しい淋しさを瀧子の心に感じさせる。 生徒たちに向って自分もやはり裁縫板をひかえて坐っている瀧子のうしろに床
文字遣い
新字新仮名
初出
「若草」1937(昭和12)年10月号
底本
- 宮本百合子全集 第五巻
- 新日本出版社
- 1979(昭和54)年12月20日