おもかげ |
おもかげ |
冒頭文
睡りからさめるというより、悲しさで目がさまされたという風に朝子はぽっかり枕の上で目をあけた。 夏のおそい午前の光線が、細長くて白い部屋の壁の上に窓外の菩提樹の緑をかすかに映しながら躍っている。その小さい部屋に湛えられている隈ない明るさと静寂とはそとの往来やこの町いっぱいつづいている感じのもので、臥ている朝子の今の悲しさとよくつりあった。明るさも海のようで、朝子はその中に仰向けに浮んだよう
文字遣い
新字新仮名
初出
「新潮」1940(昭和15)年1月号
底本
- 宮本百合子全集 第五巻
- 新日本出版社
- 1979(昭和54)年12月20日