あるおんな 1(ぜんぺん) |
或る女 1(前編) |
冒頭文
一 新橋(しんばし)を渡る時、発車を知らせる二番目の鈴(ベル)が、霧とまではいえない九月の朝の、煙(けむ)った空気に包まれて聞こえて来た。葉子(ようこ)は平気でそれを聞いたが、車夫は宙を飛んだ。そして車が、鶴屋(つるや)という町のかどの宿屋を曲がって、いつでも人馬の群がるあの共同井戸のあたりを駆けぬける時、停車場の入り口の大戸をしめようとする駅夫と争いながら、八分(ぶ)がたしまりかかった
文字遣い
新字新仮名
初出
「白樺」1911(明治44)年1月~1913(大正2)年3月(『或る女のグリンプス』として)
底本
- 或る女 前編
- 岩波文庫、岩波書店
- 1950(昭和25)年5月5日、1968(昭和43)年6月16日第27刷改版