しぶやけのしそ
渋谷家の始祖

冒頭文

一 正隆が、愈々(いよいよ)六月に農科大学を卒業して、帰京するという報知を受取った、佐々未亡人の悦びは、殆ど何人の想像をも、許さないほどのものであった。 当時六十歳だった彼女は、正隆からの手紙を読みおわると、まるで愛人の来訪でも知らされた少女のように、ポーッと頬を赧らめて、我知らず黒天鵞絨(ビロード)の座布団から立上った。 立ち上りはしたものの、次の運動を何も予想していな

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1920(大正9)年1月号

底本

  • 宮本百合子全集 第二巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年6月20日