つがるのむしのす
津軽の虫の巣

冒頭文

一 朗らかな秋晴れの日である。 津軽の海は紺碧(こんぺき)に凪(な)いで、一点の曇りも無い虚空を豊かに照り返えす水の上には、これはまた珍らしく漁舟の片影も無い。 閑静に澄んだ波の面には、微かに動く一二羽の水鳥が、大らかな弧を描いているばかりである。 けれども、若し人がその海岸に立って、遠い彼方に瞳を定めたならばきっとその注意は、遙か水平線の上にポッツリと浮き出し

文字遣い

新字新仮名

初出

「日米時報」1919(大正8)年6月21日・28日号

底本

  • 宮本百合子全集 第一巻
  • 新日本出版社
  • 1979(昭和54)年4月20日