一 「おやっ? 彼奴(あいつ)」 村田が、ひょっと挙(あ)げた眼に、奥のボックスで相当御機嫌らしい男の横顔が、どろんと澱(よど)んだタバコの煙りの向うに映った——、と同時に (彼奴はたしか……) と、思い出したのである。 「君、あの一番奥のボックスの男にね、喜村(きむら)さんじゃありませんか、って聞いて来てくれないか、——もしそうだったらここに村田がいるっていってね」