ひとだまのひとつのばあい |
人魂の一つの場合 |
冒頭文
ことしの夏、信州(しんしゅう)のある温泉宿の離れに泊まっていたある夜の事である。池を隔てた本館前の広場で盆踊りが行なわれて、それがまさにたけなわなころ、私の二人の子供がベランダの籐椅子(とういす)に腰かけて、池の向こうの植え込みのすきから見える踊りの輪の運動を注視していた。ベランダの天井の電燈は消えていたが上がり口の両側の柱におのおの一つずつの軒燈がともり、対岸にはもちろん多数の電燈が並んでいた。
文字遣い
新字新仮名
初出
「帝国大学新聞」1933(昭和8)年11月
底本
- 寺田寅彦随筆集 第四巻
- 岩波文庫、岩波書店
- 1948(昭和23)年5月15日、1963(昭和38)年5月16日第20刷改版