アルトハイデルベルヒ
老ハイデルベルヒ

冒頭文

八年まえの事でありました。当時、私は極めて懶惰(らんだ)な帝国大学生でありました。一夏を、東海道三島の宿で過したことがあります。五十円を故郷の姉から、これが最後だと言って、やっと送って戴(いただ)き、私は学生鞄(かばん)に着更の浴衣(ゆかた)やらシャツやらを詰め込み、それを持ってふらと、下宿を立ち出で、そのまま汽車に乗りこめばよかったものを、方角を間違え、馴染(なじ)みのおでんやにとびこみました。

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人画報」1940(昭和15)年3月

底本

  • 太宰治全集3
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1988(昭和63)年10月25日