まるぜんとみつこし
丸善と三越

冒頭文

子供の時分から「丸善(まるぜん)」という名前は一種特別な余韻をもって自分の耳に響いたものである。田舎(いなか)の小都会の小さな書店には気のきいた洋書などはもとよりなかった、何か少し特別な書物でもほしいと言うと番頭はさっそく丸善へ注文してやりますと言った。中学時代の自分の頭には実際丸善というものに対する一種の憧憬(どうけい)のようなものが潜んでいたのである。注文してから書物が到着するまでの数日間は何

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1920(大正9)年6月

底本

  • 寺田寅彦随筆集 第一巻
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1947(昭和22)年2月5日、1963(昭和38)年10月16日第28刷改版