あきのうた
秋の歌

冒頭文

チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。 北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。 私は、森

文字遣い

新字新仮名

初出

「渋柿」1922(大正11)年9月

底本

  • 寺田寅彦全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年12月5日