あるげんそうきょくのじょ |
ある幻想曲の序 |
冒頭文
一 何もない空虚の闇の中に、急に小さな焔が燃え上がる。墓原の草の葉末を照らす燐火のように、深い噴火口の底にひらめく硫火の舌のように、ゆらゆらと燃え上がる。 焔の光に照らされて、大きな暖炉の煤(すす)けた空洞が現われる。焔は空洞の腹を嘗(な)めて頂上の暗い穴に吸い込まれる。穴の奥でひとしきりゴオと風の音がすると、焔は急に大きくなって下の石炭が活きて輝き始める。 炉の前に、大
文字遣い
新字新仮名
初出
「明星」1923(大正12)年8月
底本
- 寺田寅彦全集 第一巻
- 岩波書店
- 1996(平成8)年12月5日