とうじょうき |
東上記 |
冒頭文
八月二十六日床を出でて先ず欄干に倚(よ)る。空よく晴れて朝風やゝ肌寒く露の小萩のみだれを吹いて葉鶏頭(はげいとう)の色鮮やかに穂先おおかた黄ばみたる田面(たのも)を見渡す。薄霧(うすぎり)北の山の根に消えやらず、柿の実撒砂(まきすな)にかちりと音して宿夢(しゅくむ)拭うがごとくにさめたり。しばらくの別れを握手に告ぐる妻が鬢(びん)の後(おく)れ毛(げ)に風ゆらぎて蚊帳(かや)の裾ゆら〳〵と秋も早や
文字遣い
新字新仮名
初出
1899(明治32)9月
底本
- 寺田寅彦全集 第一巻
- 岩波書店
- 1996(平成8)年12月5日