ついおくのとうや |
追憶の冬夜 |
冒頭文
子供の時分の冬の夜の記憶の中に浮上がって来る数々の物象の中に「行燈(あんどん)」がある。自分の思い出し得られる限りその当時の夜の主なる照明具は石油ランプであった。時たま特別の来客を饗応でもするときに、西洋蝋燭(ろうそく)がばね仕掛(じかけ)で管の中からせり上がって来る当時ではハイカラな燭台を使うこともあったが、しかし就寝時の有明けにはずっと後までも行燈を使っていた。しかも古風な四角な箱形のもので、
文字遣い
新字新仮名
初出
「短歌研究」1934(昭和9)年12月
底本
- 寺田寅彦全集 第一巻
- 岩波書店
- 1996(平成8)年12月5日