しょうじのらくがき
障子の落書

冒頭文

平一は今朝妹と姪(めい)とが国へ帰るのを新橋まで見送って後、なんだか重荷を下ろしたような心持になって上野行の電車に乗っているのである。腰掛の一番後ろの片隅に寄りかかって入口の脇のガラス窓に肱をもたせ、外套の襟の中に埋るようになって茫然と往来を眺めながら、考えるともなくこの間中の出来事を思い出している。 無病息災を売物のようにしていた妹婿の吉田が思いがけない重患に罹って病院にはいる。妹はか

文字遣い

新字新仮名

初出

「ホトトギス」1908(明治41)年1月

底本

  • 寺田寅彦全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年12月5日