くるま

冒頭文

私が九つの秋であった、父上が役を御やめになって家族一同郷里の田舎へ引移る事になった。勿論(もちろん)その頃はまだ東海道鉄道は全通しておらず、どうしても横浜から神戸まで船に乗らねばならぬ。が、困った事には父上の外は揃いも揃うた船嫌いで海を見るともう頭痛がすると云う塩梅(あんばい)で。何も急(せ)く旅でもなしいっそ人力(じんりき)で五十三次も面白かろうと、トウトウそれと極(きま)ってからかれこれ一月の

文字遣い

新字新仮名

初出

「ホトトギス」1900(明治33)年9月

底本

  • 寺田寅彦全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年12月5日