かれぎくのかげ
枯菊の影

冒頭文

少し肺炎の徴候が見えるようだからよく御注意なさい、いずれ今夜もう一遍(いっぺん)見に来ますからと云い置いて医者は帰ってしまった。 妻は枕元の火鉢の傍で縫いかけの子供の春着を膝へのせたまま、向うの唐紙(からかみ)の更紗(さらさ)模様をボンヤリ見詰めて何か考えていたが、思い出したように、針を動かし始める。唐縮緬(とうちりめん)の三(み)つ身(み)の袖には咲き乱れた春の花車が染め出されている。

文字遣い

新字新仮名

初出

「ホトトギス」1907(明治40)年2月

底本

  • 寺田寅彦全集 第一巻
  • 岩波書店
  • 1996(平成8)年12月5日