てんさいとこくぼう |
天災と国防 |
冒頭文
「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりした意味のわかりにくい言葉がはやりだしたのはいつごろからであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の底層に揺曳(ようえい)していることは事実である。そうして、その不安の渦巻(うずまき)の回転する
文字遣い
新字新仮名
初出
「経済往来」1934(昭和9)年11月
底本
- 寺田寅彦随筆集 第五巻
- 岩波文庫、岩波書店
- 1948(昭和23)年11月20日、1963(昭和38)年6月16日第20刷改版