ひのとり |
火の鳥 |
冒頭文
序編には、女優高野幸代の女優に至る以前を記す。 昔の話である。須々木乙彦は古着屋へはひつて、君のところに黒の無地の羽織はないか、と言つた。 「セルなら、ございます。」昭和五年の十月二十日、東京の街路樹の葉は、風に散りかけてゐた。 「まだセルでも、をかしくないか。」 「もつともつとお寒くなりましてからでも、黒の無地なら、をかしいことはございませぬ。」 「よし。見せて呉れ。」
文字遣い
新字旧仮名
初出
「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日
底本
- 太宰治全集第二巻
- 筑摩書房
- 1989(平成元)年8月25日