ちち

冒頭文

自分が中学の四年生だった時の話である。 その年の秋、日光から足尾(あしお)へかけて、三泊の修学旅行があった。「午前六時三十分上野停車場前集合、同五十分発車……」こう云う箇条が、学校から渡す謄写版(とうしゃばん)の刷物(すりもの)に書いてある。 当日になると自分は、碌(ろく)に朝飯(あさめし)も食わずに家をとび出した。電車でゆけば停車場まで二十分とはかからない。——そう思いながら

文字遣い

新字新仮名

初出

「新思潮」1916(大正5)年5月

底本

  • 芥川龍之介全集1
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1986(昭和61)年9月24日