おとぎぞうし
お伽草紙

冒頭文

「あ、鳴つた。」 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。 「近いやうだね。」 「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」 「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり

文字遣い

新字旧仮名

初出

筑摩書房刊、1945(昭和20)年10月

底本

  • 太宰治全集第七巻
  • 筑摩書房
  • 1990(平成2)年6月27日