ちゅうとう
偸盗

冒頭文

一 「おばば、猪熊(いのくま)のおばば。」 朱雀綾小路(すざくあやのこうじ)の辻(つじ)で、じみな紺の水干(すいかん)に揉烏帽子(もみえぼし)をかけた、二十(はたち)ばかりの、醜い、片目の侍が、平骨(ひらぼね)の扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。—— むし暑く夏霞(なつがすみ)のたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、七月のある日ざかりである。男の

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1917(大正6)年4、7月

底本

  • 羅生門・鼻・芋粥・偸盗
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1960(昭和35)年11月25日