いちじょうのきべん |
一条の詭弁 |
冒頭文
その夫婦はもう十年も一緒に棲んで来た。良人は生活に窶れ果てた醜い細君の容子を眺める度に顔が曇つた。 「いやだいやだ。もう倦き倦きした。あーあ。」 欠伸ばかりが梅雨時のやうにいつも続いた。ヒステリカルな争ひが時々茶碗の悲鳴と一緒に起つた。 或る日、良人の欠伸はその頂点に達した。彼は涙が浮んで来た。 「下(くだ)らない。下(くだ)らない。下(くだ)らないツ! 何ぜこんな生活
文字遣い
新字旧仮名
初出
「文藝時代」1925(大正14)年4月1日発行、第1巻第1号
底本
- 定本横光利一全集 第二巻
- 河出書房新社
- 1981(昭和56)年8月31日