ようかづきのばん
ようか月の晩

冒頭文

夜、銀座などを歩いていると、賑やかに明るい店の直ぐ傍から、いきなり真闇(まっくら)なこわい横丁が見えることがあるでしょう。これから話すお婆さんは、ああいう横町を、どこ迄もどこ迄も真直に行って、曲ってもう一つ角を曲ったような隅っこに住んでいました。それは貧乏で、居る横町も穢なければ家もぼろでした。天井も張ってない三角の屋根の下には、お婆さんと、古綿の巣を持つ三匹の鼠と、五匹のげじげじがいるばかりです

文字遣い

新字新仮名

初出

「女性改造」1923(大正12)年9月号

底本

  • 宮本百合子全集 第十七巻
  • 新日本出版社
  • 1981(昭和56)年3月20日