なつとおきやま
夏遠き山

冒頭文

今日も雨だ。雨樋がタンタンタラ・タラタラ鳴っている。ここ(那須温泉)では殆ど一日置き位に雨が降る。雨の日は広い宿屋じゅうがひっそりして、廊下に出ると、木端(こば)葺きの湯殿の屋根から白く湯気の立ち騰るのや崖下の渡廊下を溜塗(ためぬ)りの重ね箱をかついだ束髪の菓子売りが、彼方の棟へ渡って行くのなどが見える。私の部屋は四階の隅だ。前の廊下を通る者はなく、こうやって座っていても、細い鉄の手摺り越しに遙か

文字遣い

新字新仮名

初出

「大調和」1927(昭和2)年7月号

底本

  • 宮本百合子全集 第十七巻
  • 新日本出版社
  • 1981(昭和56)年3月20日