そのころ |
その頃 |
冒頭文
門柱の左には麻田駒之助と標札が出ていて、門内右手の粗末な木造洋館がその時分(大正五年)中央公論社の編輯局になっていた。受付で待っていると、びっくりするばかりの赭ら顔に髪の毛をもしゃとし、眼付が足柄山の金時のような感じを与える男の人が、坪内先生の手紙を片手に握って速足に出て来た。これが瀧田樗蔭氏であった。白絣に夏羽織の裾をゆすって二階へ上った。私が全く自然発生的に書いた小説「貧しき人々の群」の原稿は
文字遣い
新字新仮名
初出
「中央公論」1935(昭和10)年10月五十周年記念号
底本
- 宮本百合子全集 第十七巻
- 新日本出版社
- 1981(昭和56)年3月20日