おんなぐつのあと |
女靴の跡 |
冒頭文
白いところに黒い大きい字でヴェルダンと書いたステーションへ降りた。あたりは実に森閑としていて、晩い秋のおだやかな小春日和のぬくもりが四辺の沈黙と白いステーションの建物とをつつんでいる。 ステーション前のホテルのなかも物音がなくてカーテンのかげに喪服の婦人の姿があるばかりである。 人通りというものも殆どない。明るい廃墟の市の午後の街上を疾走するのは我々をのせた自動車ぎりであった。
文字遣い
新字新仮名
初出
「新女苑」1937(昭和12)年11月号
底本
- 宮本百合子全集 第十七巻
- 新日本出版社
- 1981(昭和56)年3月20日