あるこころのふうけい |
ある心の風景 |
冒頭文
一 喬(たかし)は彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視(みい)っていた。起きている窓はなく、深夜の静けさは暈(かさ)となって街燈のぐるりに集まっていた。固い音が時どきするのは突き当っていく黄金虫(ぶんぶん)の音でもあるらしかった。 そこは入り込んだ町で、昼間でも人通りは少なく、魚の腹綿(はらわた)や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかった。両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して
文字遣い
新字新仮名
初出
「青空」1926(大正15)年8月
底本
- 檸檬・ある心の風景
- 旺文社文庫、旺文社
- 1972(昭和47)年12月10日