あせ

冒頭文

——お金が汗をかいたわ。」 河内屋の娘の浦子はさういつて松崎の前に掌(てのひら)を開いて見せた。ローマを取巻く丘のやうに程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇つて濡(ぬ)れてゐた。 浦子はこどものときにひどい脳膜炎を患(わずら)つたため白痴であつた。十九にもなるのに六つ七つの年ごろの智恵しかなかつた。しかし女の発達の力が頭へ向くのをやめて肉体一方にそゝいだ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「週間朝日」1933(昭和8)年5月

底本

  • 日本幻想文学集成10 岡本かの子
  • 国書刊行会
  • 1992(平成4)年1月23日