やすりくず
鑢屑

冒頭文

一 ある忙しい男の話である。 朝は暗いうちに家を出て、夜は日が暮れてしまってから帰って来る。それで自分の宅(うち)の便所へはいるのはほとんど夜のうちにきまっている。 たまたま祭日などに昼間宅に居ることがある。そうして便所へはいろうとする時に、そこの開き戸を明ける前に、柱に取付けてある便所の電燈のスウィッチをひねる。 それが冬だと何事もないが、夏だと白日の下に電燈

文字遣い

新字新仮名

初出

「週刊朝日」1924(大正13)年7月

底本

  • 寺田寅彦全集 第三巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年2月5日