きつえんよんじゅうねん
喫煙四十年

冒頭文

はじめて煙草を吸ったのは十五、六歳頃の中学時代であった。自分よりは一つ年上の甥(おい)のRが煙草を吸って白い煙を威勢よく両方の鼻の孔(あな)から出すのが珍しく羨(うらや)ましくなったものらしい。その頃同年輩の中学生で喫煙するのはちっとも珍しくなかったし、それに父は非常な愛煙家であったから両親の許可を得るには何の困難もなかった。皮製で財布のような恰好(かっこう)をした煙草入れに真鍮(しんちゅう)の鉈

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1934(昭和9)年8月

底本

  • 寺田寅彦全集 第四巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年3月5日