はこねあたみバスきこう
箱根熱海バス紀行

冒頭文

朝食の食卓で偶然箱根行の話が持上がって、大急ぎで支度をして東京駅にかけつけ、九時五十五分の網代(あじろ)行に間に合った。二月頃から、一度子供連れで熱海(あたみ)へでも行ってみようと云っていたが、日曜というと天気が悪かったり、天気がいいと思うときっと何かしら差障りがあって、とうとう四月二十日の今日の日曜までこのささやかな欲望を果たす機会がなかった。実に瑣末な事柄ではあるが、これだけでもままにならぬ人

文字遣い

新字新仮名

初出

「短歌研究」1935(昭和10)年6月1日

底本

  • 寺田寅彦全集 第四巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年3月5日