でんしゃとふろ |
電車と風呂 |
冒頭文
電車の中で試みに同乗の人々の顔を注意して見渡してみると、あまり感じの好い愉快な顔はめったに見当らない。顔色の悪い事や、眼鼻の形状配置といったようなものは別としても、顔全体としての表情が十中八、九までともかくも不愉快なものである。晴れ晴れと春めいた気持の好い表情は、少なくも大人の中にはめったに見付からない。大抵(たいてい)神経過敏な緊張か、さもなくば過度の疲労から来る不感(アパシイ)が人々の眼と眉の
文字遣い
新字新仮名
初出
「新小説」1920(大正9)年5月1日
底本
- 寺田寅彦全集 第七巻
- 岩波書店
- 1997(平成9)年6月5日