さんぽ
散歩

冒頭文

「おい、散歩に行(ゆ)かないか。」と、縁側に立つて小さく口笛を吹いてゐた夫は言つた。 薄暗い台所でしてゐた水の音や皿の音は一寸(ちょっと)の間やんで、「えゝ」と、勇みたつたやうな返事が聞えると、また前よりは忙しく水の音がしだした。 暗い夜であつた。少しばかり強く風が渡ると、光りの薄い星が瞬きをして、黒いそこらの樹影(こかげ)が、次ぎから次ぎへと素早く囁(ささや)きを伝へて行く。便所

文字遣い

新字旧仮名

初出

「中央文学 二巻九号」1914(大正3)年9月発行

底本

  • 水野仙子 四篇
  • エディトリアルデザイン研究所
  • 2000(平成12)年11月30日