そうしゅん
早春

冒頭文

もともと、おれは北川さんとは何の縁故もない。街で偶然出逢っただけのことだ。 牛の煮込み……といっても、おもに豚の腸や胃や食道、特別には肝臓と心臓、そのこま切れを竹串にさして、鉄鍋でぐらぐら味噌煮にしたものだが、その鍋をかこんでアルコールを飲むという、この頃たいへんはやっている安直な飲み屋が、近くの街角に一つあった。 おれも時々鍋をつっつきに寄った。気むずかしそうな大人たちがいな

文字遣い

新字新仮名

初出

「苦楽」1947(昭和22)年5月

底本

  • 豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)
  • 未来社
  • 1965(昭和40)年6月25日