なんぷうふ ――まきのしんいちへ――
南風譜 ――牧野信一へ――

冒頭文

私は南の太陽をもとめて紀伊の旅にでたのです。友達の家(うち)の裏手の丘から、熊野灘が何よりもいい眺めでした。 このあたりは海外へ出稼ぎに行く風習があります。それゆゑ変哲もない漁村の炉端で、人々は香りの高い珈琲をすすり、時には椰子の実の菓子皿からカリフォルニヤの果物をつまみあげたりするのです。 友達の家に旅装をといて、浴室を出ようとすると、夕陽を浴びた廊下の角(すみ)から私の方を

文字遣い

新字旧仮名

初出

「若草 第一四巻第三号」1938(昭和13)年3月1日

底本

  • 坂口安吾全集 02
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年4月20日